銭形平次捕物全集

銭形平次捕物控の初出誌調査状況(その3):

 初出誌調査状況その2に引き続き、ここでは河出書房版全集の書誌で昭和23年から昭和24年にかけて発表された作品とされているものについて説明を行ないます。


娘十一人 報知出版社

●小便組貞女
 傑作との評価が高い「小便組貞女」も書誌情報が混乱している一例です。同光社版全集では「不明」となっているものを、河出書房版では「講談倶楽部昭和23年」にしてしまったことから混乱が始まり、「国民の文学」では「講談倶楽部など」としています。2004年に出版された光文社の時代小説文庫の「銭形平次捕物控」には縄田一男氏の解説があり、そこには「講談倶楽部」昭和23年11月号と明記されています。
 ところが国会図書館で調べてみると、講談社が出していた講談倶楽部は、占領軍の圧力によって昭和21年2月号で廃刊となっていて、復刊したのは昭和23年12月号からなのです。ですから「講談倶楽部」昭和23年11月号なる本は世の中に存在するはずがないのです。
 一方、光文社の面白倶楽部は昭和23年11月に「面白倶楽部大家花形傑作小説集第2号」という本も出しているので紛らわしいのですが、昭和23年11月号に小便組貞女は掲載されていました。
 旺文社文庫の「随筆銭形平次」の書誌では面白倶楽部昭和23年11月号に訂正されていて、文春文庫の「銭形平次傑作選」でもこれを引き継いでいます。
 ところで、時代小説文庫の「銭形平次捕物控」の解説ですが、光文社編集部は、自社が出した雑誌を他社の雑誌に取り違えた文章であることに気づかなかったということになります。筆者も編集部もいずれもお粗末という面白い見本です。

●若党の恋
 同光社版全集の書誌では「不明」となっていて、それを河出書房版では「書下し」に決め付けてしまい、「国民の文学」では「講談倶楽部など」となっています。この作品も旺文社文庫の「随筆銭形平次」の書誌で「クラブ昭和24年1月号」に訂正されていて、文春文庫の「銭形平次傑作選」ではこれを引き継いでいます。

●青い眉
 同光社版全集の書誌で「地方新聞昭和24年」となっているのを一連の書誌が引き継いでいます。ただ、「国民の文学」では他の書誌で「地方新聞」と記載されている作品をすべて「報知新聞」に書き換えてしまっていて、この作品もその例に該当しています。
 「銭形平次捕物控の従来の書誌情報について」の項で紹介させていただいた戸田和光さんが、この作品が昭和23年の福島民報に掲載されていることを見出されていて、筆者も憲政資料室に保存されているプランゲ文庫のマイクロフィルムによって、現物確認をしています。(福島民報以外の地方新聞にも掲載されている可能性はありますので、あくまで一例と考えて下さい。以下の地方新聞いついての記載も同様です。)


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●娘十一人
 一連の書誌で「報知新聞」となっているものです。旺文社文庫の「随筆銭形平次」までの書誌では昭和24年となっていて、文春文庫の「銭形平次傑作選」では昭和23年に直しています。
 こうなっている理由は、おそらく報知新聞社系の報知出版社の「娘十一人」の単行本(右上写真)が知られているためであるように思われます。この単行本は昭和23年9月1日発行ですので、作品が執筆されたのは昭和23年以前であることが明らかなわけで、文春文庫の「銭形平次傑作選」はこれを意識して手直ししたのではないかと思います。
 しかし実際には、報知新聞に「娘十一人」は連載されていません。昭和23年の報知新聞を閲覧しましたが掲載されていないことが確認できています。一方、戸田和光さんはこの作品も福島民報に掲載されていることを指摘されています。筆者もプランゲ文庫のマイクロフィルムによって昭和23年3月23日から5月4日にかけて掲載されていることを確認しました。

●青銭と鍵
 一連の書誌で昭和24年の宝石とされていますが、実際には昭和23年1月15日に発行された「寶石 捕物と新作長篇」という別冊です。旺文社文庫の「随筆銭形平次」でも手直しされておらず、一連の書誌の作成時に一度も現物確認されてこなかったのは、むしろ驚きでさえあります。国会図書館には宝石の本誌以外の別冊や臨時増刊が収蔵されていないために、日本近代文学館などへ足を運ぶ必要があるからだとは思いますが、逆に言えば、従来の書誌はそんな程度の安直な調べ方であることの証左とも言えるでしょう。


小説の泉 第4集 浮世絵の女

●浮世絵の女
 同光社版、河出書房版では昭和24年の「小説の泉」となっているのが、旺文社文庫の「随筆銭形平次」で昭和23年9月号に手直しされ、文春文庫の書誌はそれを孫引きしています。ただし、現物を確認した上で厳密に言えば、「9月号」は正しい表現ではありません。右の写真の表紙を見るとトランプのハートの4の札が描かれているのがわかりますが、これは、この本が「第4集」であることを表わしています。奥付にはこの頃の小説の泉が「不定期刊行誌」であることが明記されていますので、9月10日に発行されてはいても9月号とはいわずに「第4集」としているのです。わざわざトランプの札で第4集であることを示した浮世絵風の表紙を、人気画家の志村立美に描かせた編集部の拘りが、全く無視されてしまっているのを見ると、編集者が気の毒でさえあります。「飛ぶ女」も小説の泉に掲載された作品ですが、これも昭和24年7月号ではなくて「第7集」(昭和24年7月8日発行)です。

●遠眼鏡の殿様
 同光社版全集では「不明」となっているのを、河出書房版全集では昭和24年の「宝石別冊捕物小説集」と断定的に記載していて、それを後の一連の書誌ではそのまま転記しています。しかし実際には昭和24年には「宝石別冊捕物小説集」という本は発行されていませんし、寶石の月刊本誌、2冊の臨時増刊、別に発行された3冊の「別冊寶石」のいずれにも「遠眼鏡の殿様」は掲載されていません。
 一方、戸田和光さんはこの作品が昭和23年11月に発行された「旬刊ニュース増刊」であることを指摘されています。筆者は、その情報によって、プランゲ文庫のマイクロフィルムで「旬刊ニュース増刊第3号」であることを確認しました。発行日付は昭和23年11月1日です。
 一連の書誌で実際には無い「宝石別冊捕物小説集」を初出としているのは、単なるミスや誤記では済まされないような悪質なレベルであるように思われます。国会図書館の蔵書では昭和24年の「寶石」は本誌だけしかないので、国会図書館だけ調べたのでは確認できないのですが、日本近代文学館には揃っているので、調べられないわけではありません。


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●妹の扱帯
 この作品の初出情報はバラバラになっていて、同光社版全集では昭和24年の「不明」、河出書房版では例によって「書下し」としていて、旺文社文庫の「随筆銭形平次」では「掲載誌不明」、文春文庫では「昭和23年書下し」としています。文春文庫ではじめて昭和24年から昭和23年の初出に改められているのですが、その理由はどうも昭和23年に出版された報知出版社の「娘十一人」の単行本に「妹の扱帯」が掲載されていることに、文春文庫の書誌を執筆された鳥兎沼佳代女史が気付かれたからではないかと推察されます。
 筆者はこの作品の初出誌が、昭和23年2月号と3月号に連載した「實話と讀物」であることを偶然に知りました。右に写真を掲載しましたが、この本を筆者はオークションで購入しました。このオークションでは出品者が表紙の写真を掲載していて、そこには「銭形平次捕物控の内 紅い扱帯 野村胡堂」と書かれていたのです。「紅い扱帯」はオール讀物昭和17年9月号に掲載された作品であることは知っていましたので、戦後の雑誌に良くある再録掲載の事例として、あまり期待もせずに購入したのです。
 ところが本が手許に届いて一読してみたら驚きました。その出だしは、
「親分、凄いのが来ましたぜ、ヘッ」
「何が来たんだ、大屋か借金取か、それともモモンガアか」
 庭木戸を弾き飛ばすように飛込んで来たガラ八の八五郎は、相変らず縁側にとぐろを巻いて、ディオゲネスのような寛々と朝の日向を楽しんでいる、銭形平次の前に突っ立ったのです。(新字新かな遣いに改めてあります)
 というものだったのです。モモンガアとかディオゲネスとか、この冒頭部の文章は非常に特徴的なので、筆者はこれは「紅い扱帯」ではなく、「娘十一人」に掲載されている「妹の扱帯」と同じであることに気付いたわけです。おそらく、「娘十一人」の単行本に掲載される時点で、「紅い扱帯」は別の既出作と重複することに気がついて改題されたものと思われます。あるいは「實話と讀物」に連載された時点で、読者からの指摘を受けていたのかもしれません。
 再録作品と思い込んで期待もしないで買った本が、実は初出誌だったのですが、おそらく今までの野村胡堂の研究者たちも、この「實話と讀物」の存在には仮に気付いてたとはしても、同じように再録作品だろうと思い込んで、掲載されている作品までは読まなかったために、これが初出誌だとは分からなかったのではないかと思うのです。

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